第1回「日本におけるメンタリングとその展開」

【メンターの起源】

メンター(mentor)の語源は、トロイア戦争後のオデュッセウス(Odysseus)王の流浪を歌ったホメロス(Homer)の叙事詩『オデュッセイア(The Odyssey)』の登場人物である「メントル(Mentor)」とされています。メントルはオデュッセウス王の息子テレマコス(Telemakhos)の教育を託された賢者とされています。

 「メンター」という言葉は、一般的に、年長の支援者、助言者と訳されます。メンターの対の言葉として、メンターより年少の被支援者を「メンティー(mentee)」もしくは「プロテジェ(protege)」と呼んでいます。現在はメンティーの呼び名の方が一般的です。

 

メンターがメンティーに対する支援全般の行動、例えば、相談に乗る、指導する、人に紹介する等を「メンタリング(mentoring)」と呼んでいます。メンタリングは、仕事に留まらず、将来のこと、プライベートなこと等、特にその範囲は限定されません。

 現在では、特に企業等におけるメンター制度上のメンタリングについては、「メンターとメンティーの対話」と捉えられています。その目的も、メンティーに対する支援だけではなく、メンターの教育的効果も期待されています。

 

 

【日本国内におけるメンタリング/メンター制度の変遷】

メンタリングは、米国において、不良青少年の更生活動として始まったと言われています。

その後、1970年代から企業でも導入されるようになりました。日本国内では、1990年後半より、主に外資系企業中心に

メンター制度として導入されました。

 

国内のメンタリング/メンター制度の変遷

1990年後半 

 米国より移入外資系企業中心に導入

2000年半ば 

 大企業中心に本格導入中堅社員の

          部下育成力向上

2010年始め 

 女性活躍推進目的での導入増加

2010年半ば 

 新入社員定着目的での導入増加

 厚生労働省助成金始まる

 

 2000年半ば以降、それまで学卒新入社員採用を抑えていた企業を中心に、後輩指導の少ない社員の指導力育成のために、

メンター制度の導入が本格的になりました。

 

当時のメンター制度は、新入社員に対する面倒見役や初歩的な業務指導役としてのものが多かったようです。

それは、それまで多くの企業で実施されていたブラザーやエルダー制度(企業により名称はいろいろありますが、)とそれ程変わらないものが多く、先輩社員の名称を「メンター」と置き換えたものでした。(ブラザーもエルダーにおける機能もメンターの一部ではあります。)

 

2010年に入りますと、女性社員の定着や管理職登用など女性活躍推進のために、メンター制度を導入する機運が高まりました。厚生労働省もメンター制度導入マニュアルを頒布するなどをして推進しました。

 

2010年半ば、雇用環境が改善し採用難の状況になると、採用コストの増大もあいまって、特に若手社員の早期退職が企業の深刻な問題になりました。

そのため、メンター制度は、新入社員の定着化が第一の目的になりました。厚生労働省もその目的で、助成金制度を始めたのです。(2019年度は維持継続されるかは不明です。)現在でもその流れは依然として続いています。

 

 

【日本のメンタリングの特徴】

米国と日本のメンタリングとはその状況もニーズも随分違います。米国では、メンタリングは文化として根付いており、メンティーは若年とも限りません。メンティーが自らメンターを探し、メンターも快く受けてくれる文化があるようです。日本では、人事など会社が主導して、メンターとメンティーを指名するような制度が一般的ですし、メンティーの多くは、新卒新入社員です。

 

米国では、職業としてのキャリア形成が大きなテーマとなりますが、日本においては、そのようなテーマのメンタリングにはなりにくい状況があります。これまでは、キャリアアップは、組織の中で達成していく企業文化がありました。

ですから、キャリアと言っても、職場の仕事のスキルアップとなりがちです。本来、キャリアとなれば、将来像を意識する必要があります。それは、職場内だけなのか、他のセクションへの異動も考慮しているのか、それとも組織を離れることもあり得るのかを、必然的に考えることになります。新入社員に対するブラザー制度やエルダー制度では、そこまでの話は想定されていないことが殆どですし、その延長線上のメンタリングも同様です。

 

メンタリング実施の目的の多くは、新入社員の早期退職防止および定着化です。「新入社員に安心して長く働いてもらいたい」ということになります。そのために、仕事や職場のことだけではなく、プライベートなことまで、気軽に相談に乗れるメンタリングが必要と考えられています。ここに、日本におけるメンタリングの特徴があります。

 

 

以前は、国内の組織文化のなかでも、単なる仕事の話しだけではなく、職業人生としての話をする機会は多かったと感じています。今に比べ、酒席の場や喫煙場所のように、この種の話のしやすい場がありましたし、ある程度プライベートな話や将来の話に踏み込んで話せる雰囲気もありました。そこでは、身近で私的な相談をする機会もあったように感じています。今では、そのような話をする機会も雰囲気も減っています。

そのためメンターの存在、メンタリングの必要性を企業は感じています。

 

 

【これからのメンタリング】

新入社員の定着が目的とすれば、新入社員には将来的なキャリアの話より、職場や仕事に馴染むことの話の方が、新入社員にとって大事かも知れません。ですから、日本的な「どのような些細なことでも相談できるメンタリング」が第一に求められています。それはメンタリングをするうえでの基本的態度であり、必要不可欠なことです。

 

 

今の時代は、もはや単一の職場内でキャリアを終えることは、ますます少なくなってきています。若い人であればあるほど、その感覚は普通のことになってきていることでしょう。以前に比べ、新入社員であるメンティーの要望としても、キャリア形成につながるようなメンタリングを求めている風潮を感じます。身近な相談を受けるメンタリングに加え、将来を見据えたキャリアの話がテーマになるメンタリングが必要になってきています。

 

 

                              ※人材開発情報誌「企業と人材」2019年4月号に掲載されました。