第5回「メンター制度導入・運営のポイント」


【組織へのメンター制度の理解浸透】

 

メンター制度が効果的運営されるためには、周囲や組織の当制度への理解が必要です。公的な制度であれば、職務時間内に実施されることになり、仕事への影響はゼロではありません。メンタリングは仕事以外のテーマが出ることもありますので、現職務に対しプラスにはならず無駄であると考える社員もいるでしょう。そのような職場の雰囲気のなかでは、当該者はメンタリングを実施しにくいと感じ、続けることは難しくなります。組織のメンター制度の理解不足は、メンター制度が機能しなくなる大きな原因の一つになるのです。

 

組織の理解を得るためにも、メンタリングの効用とメンター制度の目的の理解を促進するための説明会や勉強会の開催は必要なことです。

 

当協会でコンサルテーションする組織では、メンター制度運営委員会を立ち上げ、組織に影響力のある役員などをメンバーに組み入れ、そのメンバーに対しメンタリングの素晴らしさと効果をよく理解することから始めます。そのメンバーを中心に制度の理解浸透を強力に進めていきます。メンター制度の組織への理解浸透は、それほど重要と考えています。


【メンタリングとOJTの併用について】

メンタリングは信頼関係に基づいた自由な対話であり、OJTのように仕事を教えることではありません。

しかし、OJTを兼ねたメンタリングを実施する組織もあります2000年半ばに導入した企業に多く見られる形です。

その際に問題になるのは、メンタリングとOJTの混同です。ここで、いま一度、その区別を確認しておきます。OJTは仕事を教え導き、「仕事を覚える」という明白な成果を生むことです。それに対しメンタリングは、成果や解決を求めることではなく、「共に考え、共に知恵を出し合うこと」であるということです。そこから、各々が内省し、自分の成長につなげるのです。

 

メンタリングにおいても、仕事の質問や相談は出るでしょう。その際、メンタリングであれば、解答を示すのではなく、参考として体験談を伝えたり、聴いてあげて共感したりすることになります。よく、「メンティーの仕事を知らないと、メンターになれないのでは?」との質問を受けますが、答えは「どちらもあり得る」です。メンティーの仕事を知っていれば、具体的な話ができますし、違う仕事に従事するメンターでも、違う角度からの参考意見が伝えることができ、よりメンタリングらしいとも言えます。

 

メンターとOJT担当者が同じ場合は、メンタリングを主とし、まずは信頼関係をつくることから始めます。当初、OJTは職場内で行うことに留め、OJTのための面談は半年後あたりから実施するように指導しています。現在では、当該者の混乱を避けるために、OJT担当者とメンターを別にする組織が多くなってきています。

 

 

【教材(メンタリング・ノート)の活用】

 

メンタリングを実施するうえでよく質問を受けるのが、「どのようなテーマで話したらよいか?」「効果的なメンタリングになるか心配だ」というものがあります。その対応には、当協会では、教材を活用したメンタリングを勧めています。そうすれば、効果的なメンタリングに導きやすくなり、ペアによる質のばらつきが抑えられ、安定的なメンタリングにつながります。

 

メンタリング教材の作成もしくは選択のポイントは以下の2つです。

 

    2人が何でも話せるような“信頼関係をつくる”ようになっているか

    話し合うテーマは自由で話しやすいテーマから始まること

 

①はメンタリングの基盤であり、そのものと言ってもいいものです。信頼関係が醸成される内容であることは外せません。次に②についてですが、組織がテーマを設定する場合、職務知識であったり、悩みや問題を話し合わせたりするものが多いようです。仕事から入るとOJTと変わらなくなるケースがあります。また、悩みといってもなかなか本音は出にくいものです。例えば、コミュニケーションの問題やあいさつやエチケットなど、身近でどのような場面でも起こりうる普遍的なテーマから始めるといいでしょう。

日本メンター協会が監修した教材がありますので参考にしてください。

【メンタリング実施の報告】

 

制度策定・運営で必ず質問を受けることに、「メンタリングの実施報告」があります。人事担当者は「退職につながるような話が出てないか?」上司は「仕事や上司への不満があるのか?」など、それぞれの立場で、メンタリングでどのような話がなされたのかが気になるものです。

「自由に何でも安心して話せる場でなければならない」ということが、メンタリングの必要条件です。となると、メンタリングにおいて話されたことを報告することは、メンタリングの条件とは真逆なことになります。そこで、当協会では、実施報告について、以下の3点を基本として指導しています。

 

        ①    メンタリングを実施したか否かを必ず確認すること

        ②    メンタリングで話されたことは他言無用が原則

        ③    2人で解決できない話が出た場合は、双方同意のうえ、他に助けを求める

 

「①実施確認」は、制度運営上、実施すべきことと考えています。メンター制度が失敗する大きな原因の1つは、「メンタリングをやらないこと」「メンタリングをした“ふり”をすること」です。メンタリングの精神とは沿わないこととは思いますが、当該者がメンタリングを実施しているかを確認することは、制度上不可欠なことと考えます。ですから、「実施した日時は報告する」とした方が賢明です。

 

「②他言無用」と「③同意の上の援助」は、関連していることです。「②他言無用」は、メンタリングを成立するための基本条件であり、それがないと安心して何も話せません。しかし、メンタリングの場で、メンターが抱えきれないような悩み、例えば、「退職につながるような悩み」「ハラスメント」「メンタル不調」などが、もし、メンティーから話された場合、メンターがその解決の責任は負えません。その際は、メンティーの同意を得て、制度運営担当者に報告・相談すべきです。当該者に上記のような報告ルールを徹底することは必要なことです。

 

他のメンター制度運営の支援策として、「メンター担当者の職務として業績考課に組み入れる」「話しやすい場所の設定のために喫茶代を支給する」などがよく実施されます。

 

他にも様々な施策が考えられますが、それを採用する際の留意点は、当該者の「信頼関係の醸成につながる」「メンタリングを継続できるようにする」の2点がポイントになります。

                               ※人材開発情報誌「企業と人材」2019年8月号に掲載されました。